自閉症と2歳で診断された切り絵作家星先こずえさん・毎日必ず取り組んだ15年間(幼稚園~大学)

学習習慣、自閉症、親 子育て
学習習慣、自閉症、親

日本各地で個展を開催している星先こずえさん

2歳の時に自閉症と診断された。

洋画家である城戸佐和子に師事し、「切り絵作家」として活動を始めた。

こずえさんの作品は、クレヨンと絵の具でカラフルに彩色した

自作の和紙を使用して、障害の壁を超越した創造力豊かな世界を

魅力的に表現しているのが、特徴です。

最近では、素材として古布も使用し今までにないインパクトが

感じられる作品になっています。

このような作品を作れるようになるまで、こずえさんに寄り添った

母薫さんが記録した奇跡の成長記録(毎日必ず取り組んだ15年間)をご紹介します。

持続がつけた自信

あの睡眠障害の恵子が、公文の教室では必ず寝ていた。

さっさとすれば、せいぜい10分もかからずにすむのに、その途中で必ず寝る。

周りが騒がしくなろうが、うつぶせになってグーグー寝ていた。

一緒に通っていた長女は教材が進み、教室で数英国3教科の教材を解き終えるのに

2時間近くかかるようになった。

それで、その時間は、恵子を好きなだけ寝かせておき、

私は恵子のために、手書きの問題を書いたり、数字の練習用のます目を作ったりしていた。

恵子には、許せることなら全部許したが、公文の教材だけは、盆も正月も、

1日も欠かさずにさせた。

小学2年生からは、英語もなぞり書きを始め、数英国が3枚ずつになった。

その3枚ずつを嫌がるので、「公文はやらなければいけない。」という習慣がつくまで、

1日も休ませなかった。

何かの理由で1日分でもプリントが足りなくなると先生宅まで取りに走った。

ある日、渡辺先生が「星先さんとこは、優秀ですよ。」と言われてびっくりした。

理由を聞くと「宿題を必ず全部するって、凄いことです。」とおっしゃった。

主人の転勤が決まり、小学3年生から高校3年生までの10年間は佐世保に住んだ。

最初の5年間は引き続き、渡辺先生の通信生として在籍させてもらった。

渡辺先生には、教材と一緒に、恵子の日々の様子を記録して送った。

高校受験が近づいた長女の「引越しは嫌だ」の一声で、主人は単身赴任となり

私と娘2人は佐世保に住み続けた。

そこで、中学2年生からの後半の5年間は、自宅に近い光武和子先生の池野教室でお世話になった。

当時の恵子は、数学がF教材。

それまでは毎日3枚ずつだったのが、4月から5枚ずつになった。

それでも、高校受験を考えると間に合いそうにない。

光武先生の提案で「夏休みに15枚頑張ろう。」ということになった。

突然、恵子に強制は不可能だから前もって声かけを続けることにした。

夏休みの2ヶ月前から、「夏休み。になったら、15枚ずつ頑張ろうねぇ。」と声をかけ続けた。

恵子は先の話だから、気楽に「うん」と答え続けた。

夏休みの前日には、勉強を始める時間を決め、その1時間前から声かけをした。

十分なインプットで気持ちの準備ができたようで、スムーズに1日15枚がスタートした。

でも、恵子には長い夏休みだったに違いない。

かんしゃっくを起こしながらも、終わるまで絶対に椅子から立ち上がらないのは、凄い!

毎日、3枚ずつでも、それを長年続けたから、これだけの量をやりとげる力がついていたのだ。

公文を続けたおかげで、学力は人並になった。

それ以上に有難いのは、

「自分がやらなければいけないことはする。」という習慣がつき

それが自信につながったことだ。

恵子が大学生になってからのこと。

必須科目の試験を、自信が無くて受けなかった友達がいた。

可愛そうにその友達は、恵子からめちゃくちゃに叱られた。

恵子にとって、受けるべき試験を受けないということは、考えられないことだったからだ。

 

15年間、1日も休まずにプリントを続けたことで

学力と共に、生活していく上で、社会と関わる上で必要な力をも身につけることが

できたのは、恵子さんとお母さんの努力の賜物だと思います。

また、プリントで頭を使うことで脳が柔らかくなり

いろんなことを吸収できる脳になり、身に着けることができたのでしょう。

まとめ

持続することは、いろんな力を付けさせてくれる。

「継続は力なり」と人は言うけれど、実際に行動出来ている人はどれぐらいいるだろうか。

言うのは、簡単だが継続することは簡単ではない。

それなりの忍耐が必要だから・・・

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自閉症と2歳で診断された切り絵作家星先こずえさん・純粋な癒しの時間(中学校)

 

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